太古の昔、人類は他の生物と同様に住み家(家)を持たず、大地や洞穴や木や岩陰などで暮らしていました。
やがて人類は石器を用いて、狩猟、植物採取、植物栽培、漁労などを行い、集団(共同体)で生きていく中で、社会や秩序を構築し、定住を行う事になります。
そのころから人間は、『家』(竪穴式住居)を作り、住まい、洞窟(横穴)の生活から変化していきました。この竪穴住居は、二万年以上もの間、人々の暮らしを
支えてきたと言われています。
竪穴住居があらわれるのは、今からおよそ7000年くらい前の縄文時代早期の終わり頃で、その名のとおり、地面に深さ50~80センチの穴を掘り、
その底に床(ゆか)をつくり、柱を立てて屋根を葺いた建物です。地面を掘り下げた底の深さは、地域や時期で異なるようで、極寒地の北海道の一部の地域では、
長さが4~10メートルもある汁鉢状の大きな穴で、深さが2.5メートルもあったと言われています。
この竪穴式住居の居住性ですが、現代人の我々が思うより、ずっと快適であっただろうと最近の研究でも明らかになってきています。
骨格や屋根は草木で造り、その上を土で覆う造りもあったようです。床を地面より深く掘り下げている為、地熱の温度は安定しており、外気温よりも冬は暖かく、
夏は涼しい。屋根を草木や土で覆っているので、断熱性も適度にあり、高低湿度の際も調湿を行っていたと思います。
中には調理や暖をとる為の『炉』があり、冬季の熱源として、火が発する輻射熱(遠赤外線)で土や木が蓄熱するなどしていたと想像できます。
こうして、竪穴式住居は、日本の農家や民家のもととなっていきました。
構造を木で造り、屋根は茅萱、壁や土間は土で造る・・・まさに日本の家の源ですね。
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